外国籍住民(移民)と災害:岡山県における課題把握と「多文化災害ネットワーク事業」の概要

 本研究は、日本社会における“生活者”としての外国籍住民(移民)の経験として、「災害」に着目して理解を深めるとともに、岡山県内における外国籍住民と災害をめぐる現状を把握する目的でおこなわれた。本稿では、その研究の概要とともに、研究・調査を通して浮き彫りになった課題に対処すべく実施した「多文化災害ネットワーク事業」の概要についても述べる。

【研究の概要】

 本研究は、上記の目的で、2つの研究・調査を実施した。研究1では、岡山県内の自治体が、外国籍住民を対象にどのように災害について伝えているのか、その情報発信のあり方と内容を分析することを目的におこなわれた。研究2では、外国籍住民の方々が実際、災害時にどのような経験をするのか、理解を深めるため、県内在住の外国籍住民を対象とした西日本豪雨時の経験をめぐるインタビュー調査をおこなった。

 岡山県・岡山市による多言語防災情報として、①岡山県が出版する多言語防災ガイドブック(2009年初版、最新版は2022年に出版)、②岡山市が出版する多言語防災ガイドブック(2017年出版)、③岡山市による多言語防災動画(2022年公開、約5分間)の3つの媒体の内容を分析した。
 3媒体の内容の分析の結果、①災害についての知識、②防災についての知識、③自発的行動の呼びかけ、の3つの内容に分類されることが示された。それぞれの分類の集計結果については、図1を参照されたい。

 図1 多言語防災情報の内容(媒体別)

(注)グラフの縦軸は、各媒体において、それぞれの内容の分類にあてはまるテキストの行数をあらわす。

 本結果は、これらの多言語防災情報の多くは、外国籍住民に対して災害時に自発的な行動(特に自助行為)を呼びかける内容となっていることを示す。また、内容の分類パターンから、災害・防災についての知識を身につけることがこうした自発的行動の実践につながるという「前提」で情報発信がなされていることもうかがえる。
 一方で、こうした「知識詰め込み」型アプローチの情報発信は、外国籍住民・移住者に対して、効果が小さいと考えられる。その理由として、①移動性の高い多くの外国籍住民・移住者は、そもそも日本における災害リスクを認識しにくいこと、②日本で広く認識されている災害・防災に関する知識や用語(例. 台風の「暴風域」と「強風域」など)を単純に他言語に翻訳したところで、異なる文化圏・地理的特徴の地域出身者が理解できるとは限らない、といったことがあげられる。加えて、本調査では、これらの媒体において、「災害発生前」もしくは「災害が起きている最中」に取るべき対応についての情報が集中しており、「その後」のことについての情報がまったくないということも示された。

 本調査では、2018年(平成30年)7月の西日本豪雨を経験した、もしくはその時岡山県内にいて災害について記憶している県在住の外国籍住民4名とインタビューをおこなった。インタビューでは、西日本豪雨にまつわる経験や記憶について、災害発生前から災害後・生活再建に至るまで時系列で聞いた。
 インタビューで聞かれた語りの主にテーマについては、図2を参照されたい。

図2 西日本豪雨の経験をめぐる語りのテーマ

 本調査の参加者に共通して聞かれたのは、生活者・労働者として災害を経験し、自助努力で様々な課題(職場への連絡、避難など)を解決しようとした一方で、自分1人では解決できない問題(情報アクセス、みなし仮設住宅探しにおける外国人差別など)にも直面し、他の人の助けが必要だった場面があったこと、そして、そうした「1人では解決できない問題」の背景には、日常における差別や制度上の問題があること、であった。
 なお、研究1・研究2の詳細の結果や考察については、本研究の報告書を参照されたい。

【「多文化災害ネットワーク事業」の概要】

 本事業は、上述の研究結果を踏まえて、外国籍住民が災害時に直面しうる課題に対処するべく、2023年度実施された。特に、以下の目的でおこなわれた。

  1. 「災害後」にすべての人が適切な支援を受けられる環境づくりを視野に入れ、県内の災害支援団体と外国人コミュニティーのメンバーやその支援者がつながり、連携する機会を設けること
  2. 支援団体・外国人コミュニティーの双方を交えて、具体的な情報発信の方法を検討し、必要なツールを開発すること
  3. 自治体の災害対策における改善策の提案

具体的な事業内容については、表1を参照されたい。

表1 事業内容

プロジェクト実施内容実施時期
研究報告書の作成と公表本研究結果を報告書としてまとめて発表
岡山SDGsフェスタにて報告書の配布
2023年4月~
2023年8月
災害支援団体と外国人
コミュニティーの交流
双方の交流・関係性構築に向けた交流会および災害ガイダンスの実施(2023年9月)
情報発信調査報告会イベントにて、双方の交流を実施予定(2024年3月)
2023年9月~
2024年3月
「災害後」の支援について
の情報発信ツールの開発
災害支援ネットワークおかやまと共同で「多言語版復旧ロードマップ」(英語、ベトナム語、中国語、ポルトガル語版)の開発
参考 ⇒ 災害支援ネットワークおかやまHP
2023年4月~
2024年3月
自治体の災害対策における
改善策の提案
上記報告書内に自治体向けのインクルーシブ災害対策の提案書を含め、同報告書および復旧ロードマップを自治体に配布2023年8月~
2024年3月

成果

研究報告書および多言語復旧ロードマップ配布自治体
 a.岡山市国際課
 b.岡山県国際課
 c.吉備中央町
 d.岡山県国際交流センター
 e.岡山市支援付就労支援センター

同事業についての発表・報告
 a.岡山SDGsフェスタ(2023年8月)
 b.総社市・岡山県立大学共催災害対策イベント(2024年3月予定)
 c.情報アクセスイベントでの報告(2024年3月予定)

研究員:相川真穂